| 「その一発」三の二 | 水上 京 |
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「異人のようだな」 いつのまにか侍が肩を並べ、才次がにらむ前方をみやって、呟いた。 才次は言い返した。 「いや、きっと黒田だ」 侍の表情が一変した。 「黒田!? それは開拓使長官、黒田のことか?」 才次は前方を見つめたまま、頷いた。 騎馬は迫ってくる。 馬上の面々の輪郭がしだいにはっきりしてきた。 さらに近づいてくる。 才次は手をかけていた刀を抜きかけた。 そのとき、侍は、 「ばかな!」 言うなり、才次の背中をおしていた。 才次はたいして強く押されたわけでもないのに、あっと道わきに転がり落ちていた。 「なにしやがる!」 才次はわめきながら、茂みの中で立ちあがった。 そのとき数騎が目のまえを疾駆していった。 びゅん、と馬蹄に跳ね上げられた小石が、才次の面前に飛んできた。 海に鍛えあげられた敏捷さからか、才次はそれを難なくかわした。 才次の背後で、バシっと受けとめる音がした。 ふり返ると、さっきの侍が素手でその小石を受けとめている。 才次は、目を見張った。 いつのまに背後に立ったのか。また小石を受けとめたことにも驚いた。 侍は、才次を転がすなり、跳躍し、それも才次の背後に立ったのである。 だがそのことよりも、黒田だった。 才次は道に這いあがった。しかし数騎は、小さくなりかけ、 「ヤァー!」 という馬を追う声が遠くからとどいてきた。才次はただ見送るしかなかった。 馬は、五騎。 この馬駆けは、クラークたちである。 クラークとその助手三人に、通訳の日本人一人といった一行だった。 朝早く、小樽を出立した一行は、才次とおなじく海沿いと峠の難路を牛歩のごとく抜けたあと、一気に札幌へと駆け出したのである。 小樽浜に到着した昨日、七月三十日は、奇しくもクラークの誕生日だった。 五十歳。 このことと、新天地・札幌農学校への熱き思いと逸る気もちが、競い馬というかたちになったようだ。 もちろん、クラークが先頭をとった。 一行はその勢いのまま札幌に入ったという。 才次のまわりで、ぴたりと止んでいた蝉時雨がふたたび豪雨のように激しくなった。 「若いの、本気か?」 侍は、こんどは懐手に才次に立ち並んだ。ふたりはさっきとは逆の方向を見ている。 才次は、侍をにらみ返しただけで、返事はしなかった。 「やめとけ、やめとけ。薩摩のいも侍を斬ったところで、何の得にもならんぞ。 むだに命を落とすだけだ」 それでも才次は黙ってクラークたちが消えた彼方をみつめていた。 そんな才次を横目でみた侍は、苦笑いを浮かべ、 「じゃ、俺はいく」 懐から手をぬき、もっていた小石を、ぽいっと才次に放り渡した。 小石を受けとめた才次は、ふと、試し切りで枝を切り落としたときのことを思い出した。 「おさむれえ。なぜ、さっき笑った?」 背をむけ、小樽方向に去りかけた侍は足をとめて言った。 「もう少しで、おまえは自分の足を斬っていたぞ」 才次はその言葉にむっとした。 その不満顔をはねつけるように、侍は、きびしく言い切った。 「腰がちがう」 才次は気圧された。 「鍛錬をつんだ者でないかぎり、真剣はつかわんほうがいい」 ひるんだものをいくらかとりもどして才次は、 「ふん、こんなもの誰でもつかえる」 と、言い返した。 「真剣に使われてしまうぞ」 侍は、才次の目の中をのぞくように言った。 「でも、使うしかねえ」 侍はため息をついた。 「そうか。そのときはな、刀を使うのではなく、刀と一つになれ。それがいちばんだ」 「――――――――」 「身体ごとぶつかってゆくのさ」 才次は喉に渇きをおぼえた。 そんな才次をみて、侍は考えなおしたように 「一つだけ教えてやろう。黒田だって薩摩藩士のはしくれだ。示現流ぐらいはつかうだろう。 示現流は、とにかく一の太刀をはずすことだ」と言った。 「一の太刀って、何だ?」 侍はあきれて頭をかいた。が、ちょっと思案し、 「よし。若いの示現流をみせてやろう。抜いてもいいぞ」 言うなり侍は、大小を抜いて道脇の大木に立て掛け、落ちていた太めの枝をひろった。 つぎに、才次との間合いを十歩くらいとったところで振り返り、 「早く抜け!」 と、立ちつくしたままの才次に叫んだ。 「本気で斬りかかっていいぞ」 仕方なく才次が刀を抜くと、侍は、八双に構えた。 これまで柔らかかった侍の表情が、引き締まっている。 引きこまれるように、才次も構えたが、足がかすかにふるえだしていた。 辺りの空気もふれると切れそうなほど張りつめた。 すると 「いくぞ!」 侍は声をあげるなり、勢いよく向かってきた。 才次が構えに力をこめる間もなかった。 侍は、十歩の間合いをものともせずに、猛然と躍りかかってき、 「チェストー!!」 示現流独特の奇声を発した。 侍は、才次の目前に巌のごとく広がった。 気づくと、才次はひっくり返っていた。 どこにも痛みはない。気合いだけで倒されてしまったらしい。 侍はまた跳躍したらしく、才次を越えて、立っていた。 才次の刀は、道に転がっている。 「若いの、下手に示現流の一の太刀を受け止めようとするな。刀ごとおまえの 頭はくだかれるぞ」 言いのこして侍は、大小を腰に差し、歩き出した。 が、足をとめ戻ってくると、道に座り込んだままの才次をのぞきこんだ。 「ところで、若いの。おまえ、黒田の面(つら)を知っているのか?」 才次が首を横にふると、侍は大声で笑いだした。 |
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